25:光と影




いってきます、と台所に立つ母に声をかけて玄関の前に立つ。
外側に人のいる気配がして、自然と口元に笑みが浮かんだ。
一時期、すっかり消えてしまったその気配に落ち込んでいたから、ひどくそれが嬉しい。
俺は、1度深呼吸をして、その扉を開ける。
その音に反応してか、扉の向こうの影はこちらを見て、微笑んだ。

「おはよう、翔くん」
「おはよう、智さん」

俺は、そう言いながらゆっくりとそこへ近づく。
それは今までずっと続けられてきた関係とひどく似ていたけれど、同じじゃなかった。
確実に変わった関係は、ひどく胸の奥から甘酸っぱい気持ちがこみあげる。
俺は、智さんの隣に並ぶと、抑えきれない幸せな気持ちでにやけるように口元を緩ませた。

「しょーくん、きもちわるいよ」

智さんは、呆れたように、だけれど少しだけ照れた様子でそう言った。

「だって、さ。なんか幸せじゃん?」
「それは、そうだけどー…」

ストレートに気持ちを伝えると、照れ臭そうにそっぽを向いた。
その仕草がかわいくて、愛しい。

「…もーほら、学校行こう。遅刻しちゃうよ」

普段あまりしない早い口調で、智さんが俺の腕を引っ張る。
俺ははいはい、と返事をしながらもまだ、緩んだままの頬を押さえて笑って歩き出した。

「卒業式!遅刻したら洒落に何ないんだから、ちゃんと歩いてよ!」

未だ、笑ったままの俺の腕を引っ張りながら、少し拗ねた声を出す智さん。
ごめんごめんと言いながら、必死に顔を直して、歩きなおす。
智さんは歩きなおした俺を見ると、腕を離した。

「…卒業式、送辞、翔くんなんだよね?」
「うん、そう。一応生徒会長だからね」

ゆっくりと、歩調をあわせながら歩く。
他愛のない話をしながら、また幸せをかみ締める。
こうやってこの道を一緒に歩くのも、最後なのだと思うと少し切ないけれど。

「翔くんの言葉とか、聞いて、泣いたらどうしよう?」

智さんが、コミカルな表情で笑ってそう言って、俺の顔を見上げる。

「泣かないくせに」

俺も笑って、智さんに返す。

「でも、早いよね。もう卒業か…」
「うん…出発も、明日、だね」

この地を旅立つ、智さん。

少し、切ないけれど、寂しいけれど、笑って送り出したい。
智さんが選んだ道だから、頑張ってこれることを強く願いたい。

そう思おうとしているのに、智さんは、いたずらっ子のような笑顔を浮かべてこんなことを聞いてくる。

「…ね、行って欲しくない?」

その質問は、ずるい。
そんなの、行って欲しくないに決まっているのに。

「…そんなことないよ」

負担をかけたくないのと、悔しいのとで、嘘をつく。
なんとなく無意識に、俺は左頬を指でポリッとかいた。

途端、智さんが大笑いをする。

「な、なに?」
「いや、翔くんて、相変わらずだなぁと思ってさ」
「は?」
「んーいいの、いいの。気にしないで!嬉しいよ」

智さんは、時折自分だけの世界でものを考える人だから、理解できないことが多い。
言葉も少なめだから、それは余計で。
今も、何故笑われているのか、よく俺にはわからなかった。

「なんなのさ、一体?何が嬉しいの?」
「翔くんが、僕に、行って欲しくないと思ってることが」
「へ?」

俺には、何故智さんが、俺が行って欲しくないと思っているのがわかったのか、よくわからなかった。
けれど智さんは、ああ、おかしいとおなかを抱えて理解している。
智さんは楽しそうに笑いながら、数歩俺より前へ歩みでた。
そうしてこちらを向き直る。


「…待っててね?必ず、翔くんのとこへ帰ってくるから」


智さんはそう言って、笑った。
俺もそれに笑い返す。
寂しいけれど、必ず待っているよ、と伝えるように。


2人の誓いは、春の到来を暗示させる風の中へと、緩やかに溶けていった。




end.