君、想う時



彼が、街中で、女の子と楽しげに歩いているのを見た。

それがあまりにも珍しくて、そして苦しい。
それ、誰なの?と問いただすために、一瞬声をかけようかと思ったが、あまりの格好悪さにやめた。
どう考えたって、友達以外の何者でもないんだろうとそう思いながらも、心のどこかで疑っている自分。
そんな心を彼に知られるのが嫌だった。
ただの醜い嫉妬。
浮気だなんて思っていないのに、ただその光景があまりにも日常とかけ離れていたから。


大野智と、俺、櫻井翔は、いわゆる恋人同士だ。
男同士という問題や、アイドルであることが、色々なことを不自由にさせているけれど、それでも世間一般の恋人となんら変わりはない。
確かに出来ないことは多いし、だけど仕事が一緒だから会える時間は多い。
けど会えたからってその時は恋人同士じゃなくて、仲間意識のほうが強くて。
俺たちは恋人でいられる時間がひどく少ない。
こんなにも、傍にいるのに、手が届かない。
時折無性に、この場を放り出して生きてゆけたら、なんてありもしない想像を心に巡らせても。
少しだけの満足と、そしてそれは到底自分にはかなえることができないのだという気持ちを得るだけだった。


どれだけ気分が落ち込もうとも、仕事はやってくる。
それはアイドルだけではなく、誰しもがそうだ。
心を何とか奮い立たせるように、集合場所へと向かう。
俺と大野くんだけが同じ集合場所を使って、現場にいく。
いつもはそれが、うれしくてしょうがないのに、今日は少しだけ気まずい。
どうしてあの日、見てしまったんだろう、自分の知らない彼を。
あの日、天気が良いからなんて出かけなければ良かった、そうすれば、見ずにすんだものを。
そんなことを考えていたら、自分たちを待つ車の前に到着してしまう。
いつもこの扉を開けると、自分よりも先に来ている彼。
一体どんな顔をすればいいのか分からなくて、一瞬そこで踏みとどまるも、いつもと同じ顔をするしかないのだと思う。
彼にとっては昨日と同じ今日でしかない、昨日と同じ今日ではないのは俺だけなのだから。

勢いよく、扉を開ける。
奥で眠たげに座っている彼が、自分をちらりと見て、それから少しだけ身体を車の端に寄せた。
俺が、座りやすいように。
そうしてそれから、声を出した。

「…おはよ」

俺は、一瞬、声を詰まらせて、それから同じように返した。







その日一日、なるべく普段どおりに過ごした。
なるべく気にしないように、気にしないようにと頭で復唱しながらも、そう言っている事がすでに気にしているのだということにはすでに気がついていた。
それでも自分をだますように、気にしないフリをして。
カメラに向かって笑って、ひたすらいつもどおりの自分を演じた。
やっとのことですべての仕事を終えると、いつも以上にぐったりとした疲労感が身体にも、心にも広がっているのが分かった。
今日はもう帰ってさっさと寝てしまおうと思った。
普段なら、これから遊びに行くことなんて造作もない事なのに、今日だけは無理だと思った。
荷物をまとめてさっさと楽屋を出て、家路を急いだ。

家に帰ると、ベッドに寝転がった。
飛び乗るようにしてそこに落ちると、ひどく心地が良い。
このまま眠ってしまおうか、と服も着替えずにうとうととしだすと、ポケットの中の携帯がブルリと震えた。
ごそごそと億劫な仕草でそれを取り出すと、相手も見ずに通話ボタンを押した。

「もしもし?」
「…しょうくん??」

名前も見なかったのに、しょうくんと呼んだ声の、しょ、の時点で誰だかわかってしまった。
眠かった頭が一気にさめて、何故か思わずベッドの上に正座する。

「ごめん、寝てた?」

寝ぼけた声を出した俺に、申し訳なさそうに彼が返す。
俺は見えもしないのに、首を振って、言葉をつむいだ。

「いや、うとうとしてただけで、寝て、ない」
「そう?眠いなら切ろうか?」
「いや!!切らないで!待って!」

思わず力強くとめてしまって、少しだけ気恥ずかしい。
だってこんな風に彼が電話をかけてくれるのはひどく珍しいことであったから、自分の気持ちが上がるのがわかった。
そんな俺の態度に気がついたのか、電話口からくすりと笑いが漏れる。

「わかったよ、きらねぇよ、バカだなぁ、お前」
「…うるせぇよ」

本当に気恥ずかしくて、わざと憎まれ口を叩く。
彼はそんなのお見通しだよって声でまた笑った。
俺は何とか話題を変えたくて、用件を聞くことにする。

「…で、どうしたの?珍しいね、電話なんてさ。なんか用があった?」
「ああ、うん…用っていうか」

彼が言い淀む。
反射的に、自分にとって嫌な話なのかと思って、身をすくめた。
が、彼が続けた言葉はまったく関係のない言葉だった。

「…明日、何時集合だっけ?」
「へ?」
「いや、書いた紙なくしちまって、マネージャーに電話したんだけどなんか出なくて、翔くん知ってるっしょ?」
「は?あ、うん…そりゃ…知ってる、けど」

なんだ、仕事のことか、と落胆と安堵が同時にくる。
それからちょっと待ってねと言って、自分のかばんを探ってスケジュール帳を探し始めると、彼がまた口を開いた。

「…ごめん、嘘」
「え?」
「嘘、なんだ。俺、ちゃんと知ってる。明日の時間も集合場所も、本当は全部知ってる」
「…はい?」
「本当はこんなこと言いたくて電話したんじゃなくて、翔くんが、変だったから」

気がついてたのかと少し、驚いた。
それから、それに気がついて、それに対してアクションを起こしてきたことにもっと驚いた。

「…翔くんさ、なんかあった?」

何かあった、と問われて、ありましたと言えるほど子供でも、なかったと答えられるほど大人でもなかった俺は。
思わず押し黙ってしまった。

「…あったんだよね。しかも、俺絡み、だよね?」

うぬぼれかも知れないけど、と彼は付け足すように言った。
自惚れなんかじゃなく、俺は確かに彼のことで悩んでいて、それは必死で一日隠しきったと思っていた態度にすら滲み出るほどだったのだろう。
なんて滑稽なんだろう。

「…言いたいことあるなら言ってよ、黙ってないでさ」

彼の電話口から聞こえる吐く息が、いつもより心なしか深くて。
それに気がついて、彼も少し緊張しているのかもしれないと思うと、少しだけうれしかった。
言ってしまっても良いかもしれない、とこちらも吐く息を深くした。

「…あの、さ」
「うん」
「俺、見たんだ」
「何を?」
「…女の子と2人で歩いてる、あんた」
「…………ああ」

彼は少しだけ記憶を巡らせて、それからなんでもないように、ああ、と声を出した。
その声のトーンは焦るでもなく、いつもと同じ。

「あの人、友達だよ」

俺を安心させるように、一言、一言、区切るようにしっかりと伝えてくれる。
彼は決して誤解を招くような言い方をしない。
言葉少なめだけれど、大事なことはきちんと伝えてくれる。
だけどそんなことちゃんとわかってるんだ、俺にだって。

「うん、わかってた」
「…わかってたの?」
「わかってたけど、なんかやだった」
「なんかやだって…子供みたい」
「うん。俺、子供なんだ。あんたが他の誰かと歩いてるの見るだけで嫉妬するくらい」
「…バカだね」

バカと、また大野くんは言ったけれど、その声が優しくてひどく安心する。

「翔くんだって、女友達と遊びに行くじゃん」
「うん、だけど、大野くんが行くのはやだ」
「…わがまま」
「うん、それもわかってる。だけどやなんだ。んでもって見たくなかった。ああやって俺の知らない大野くんがいるんだってわかっちゃうから」
「翔くんの知らない俺なんて、ひとつもないよ」
「ちがうよ、逆だよ。俺の知ってる大野くんがひとつしかないんだ」
「え?」
「櫻井翔が知ってる大野智はひとつしかないんだ。だけどあの女の子の前の大野智はあの女の子しか知らない。それがやなんだ」
「…無茶言うなよ」
「大野くんが、俺のことだけしか知らなかったらいいなって思うよ。そしたら櫻井翔が知ってる大野智でしかないから」

自分が段々と感情的になってきているのがわかった。
バカなことを言っていると、なんて勝手なことを言っているんだろうと、わかっているのに止められない。
この際だからすべて言ってしまおうか、なんて心が勝手に思ってるのかもしれない。
するりするりと言うつもりもないのに、言いたいことが全部口から出てきた。

「それから、彼女がすごく羨ましかった」
「え?」
「ああやって街中を歩いても、男と女で、絵になるから」
「何言ってんの?翔くんとだって街くらい歩けるじゃん」
「歩けるよ、けど恋人同士じゃ歩けない」
「別に俺と、あの子は恋人同士じゃないじゃん」
「そうだよ、わかってるよ。だけど俺だって街中、すごく笑って幸せそうに歩きたい。あわよくば手なんか繋いでバカっプルみたいに過ごしてみたい」
「バカップルって…」
「人気のないとこ行ったら外でだってキスもしてみたい。べたべたして普通のカップルみたいに…」
「わかったよ、じゃあ、そうしよう」

彼は、俺の無茶苦茶な話に、それがなんでもない簡単なことの様に肯定の返事を出してきた。
びっくりして言葉をとめる。

「街中誰よりも幸せな顔して手を繋いで、イチャイチャしながら歩こう。人気のないとこ入ったらいっぱいキスもしよ」
「お、大野、くん?」
「翔くんがしたいなら、俺はいくらだってやったげるよ」

彼が言っているのは、本心だと、わかった。
俺が今ここでしたいといえば、きっと彼は本当にやってくれるだろう。
街中で手を繋いでイチャイチャして、キスをして。

だけど。

街中で手を繋ぐ勇気も、外でキスをする度胸も、持ち合わせていないのは。
したいしたいと欲求だけぶつけるくせに、そんな根性を、何一つ持ち合わせていないのは。


間違いなく、俺だ。


「…ごめん、なさい」

なんて、情けないんだろうと思った。
泣きたい気持ちでいっぱいだった。
彼はこんなにも大人なのに、子供の自分がひどく嫌だった。
本当に涙が出そうになって、鼻をすするとその音を聞いた大野くんが、なだめる様に声を出した。

「翔くん」

その声がひどく優しくて、本当に涙が流れてきた。

「翔くん、泣いてるの?」
「泣いてっ…ねぇ」
「嘘。泣いてる。バカだな、泣くなよ。わかってるんだから」
「…何が?」
「翔くんが俺のことを好きで好きでしょうがねぇってことが」
「…自惚れんな」
「自惚れるよ。俺ね、翔くんが好きだよ。街中で手を繋げなくたって、イチャイチャ出来なくったって、外でキスできなくても」

すっごく、好き。
心を込めるように力を込めて言われたその告白に、胸が熱くなる。
今すぐ、抱きしめたくてしょうがなかった。

「大野くん…会いたい。今すぐ会って、抱きしめて、キスしたい」

彼は俺がそういうと声を上げて笑って。

「街中で?」

と返してきた。
俺はそれに否定の言葉を出して、また見えもしないのに首を振った。

「もったいないから誰にも見せてやらない。誰もいないとこで、ふたりっきりでイチャイチャしよう?」

そういうと彼は、嬉しそうに弾んだ声で、うん、と頷いてくれた。





言いたい事にたどり着くまでに長くなっちゃいました。
でもね、世の中がどれだけ寛容になってもこの2人は外でイチャイチャしない気がする。
ていうか翔くんが、無理そう…笑。