キスの向こう側



10秒で良いから、目を瞑って、好きな奴想像してて。

そう言って松本は大野の唇に噛み付いた。
何がなんだか分からなくてパニックになった大野は、反射的に目を瞑ってしまう。
それに反応してさらに深くなる口付けに、息も血も上がってしまって、大野は何も考えられなくなってしまった。
合間合間を縫ってなんとか隙間をつくように息をしながら、
引きずられてしまうような感覚を呼び戻すように、松本の背をドンドンと叩く。
それでもなお、唇は離されることはなく、貪るようにくらいつかれたまましばらく時が流れた。

やっとのことで離されたその唇。
呆然と余韻で濡れた瞳で見上げるように、松本を見ると、ひどく情けない顔をしていた。
上がる息を整えながら、その顔を見つめ続ける。

「…悪い」

崩れるように大野の肩に顔をうずめる松本。
こんなに情けない松本の姿を見たのは、初めてで、さらにどうしていいかわからず。
突っ立ったまま、身体で松本を支えた。
そしてそのまま困ったような顔で大野は松本を見ていたが、しばらくたって顔を上げるのが伺えた。

「…んな顔して、俺、見るなよ」

肩に顔をうずめたまま、松本は言った。






「…翔くん、キスして?」

大野は仕事終わりに、櫻井を誘った。
櫻井は大野の誘いに一も二もなく、珍しいねと一言ぽそりと漏らしながらも、頷いて。
櫻井から大野を誘うことはあっても大野から…というのは、確かにあまりない。
その上、二人きりになった途端に発した言葉に、櫻井はさらに驚愕の表情を浮かべた。

それでも櫻井は、言われたとおりに大野に深いキスをする。
大野もまた珍しく、それに必死で食らいつき、しばらくそれが続いた後、息の上がった2人がどちらからともなく唇を離した。

「…どうしたの?」

櫻井は、大野の行動に首をかしげ、優しい表情で聞く。
大野はなんとなく後ろめいたような気持ちで、それに困った顔を返して。

「…なんでもないよ、キスしたいなと思っただけ」
「えー…ホントに?」

少しだけ疑いの表情を見せながらも、蕩けるような笑顔の櫻井。
それに内心大野はほっとして、それからまた、櫻井に唇を寄せた。



10秒で良いから、目を瞑って、好きな奴想像してて。

松本にそう言われて、想像したのは、今キスをしている櫻井。
…ではなく、いくら目を瞑ってもいつもと違う唇の感触は、松本でしかなくて。
たった10秒間だって、櫻井に置き換えることなんて出来やしなかった。

なのに、どうしてだろう。
今、櫻井と、キスをしているはずなのに。

頭に思い浮かぶのが、松本、だなんて。

あんな顔の松本を見たのは、多分きっと初めてで。
気付かなかった向けられてた想いに、胸が締め付けられた。


唇を離して、櫻井にしがみつくように抱きつく。
きっとまた櫻井は不審がるのだろうとわかっていてもやめられなかった。
心の中で、ごめんね、と呟く。

今日だけ、今だけ、松本のことを考えさせて。

今までも、これからも、この腕の中でしかいられないから。
松本の想いにはこたえてあげられないから。

気付かなくて、ごめんね。


もう一度目を瞑って、櫻井にキスを迫る。
やっぱり思い浮かんだのは、松本の顔だった。





浮気じゃないよ。かと言って本気でもないよ。
誰だって友達とかにキスされたら、その日一日くらいは意識すんじゃないかな、と。