その微笑みがとても好きだと思う。
しあわせな時間
撮影の合間に、少しだけ雨が降り出した。
すぐに止みそうだからと、撮影を中断せずに休憩にしたスタッフの言葉で、そこは一斉にくだけた世界になる。
今日の撮影は大野と桜井だけが一緒で、他の三人はどこかのスタジオ内での撮影だったと記憶していた。
大野は、雨宿りの場所に用意されたパイプ椅子に腰掛けると、その場から空を見上げる。
はらはらと小さな粒が下に向かって落ちてくるのを見るのは大野にとって不快ではなかった。
むしろどちらかというと好む光景なのかもしれない。
鼻をかすめる、その独特な匂いすら好きだと思った。
「さとっさん」
惚けるように、空を見上げているとふいに横から声が聞こえる。
それは思わず甘やかされたくなるような優しい呼びかけで、相手が誰かなんてすぐにわかった。
「なに?翔くん?」
椅子に座ったまま、見上げるようにして横に立つ桜井に大野は視線を向けた。
桜井は緩やかに笑うと、手に持ったふたつの紙コップの内のひとつを大野に手渡す。
大野はそれを同じような笑みで受け取った。
「ありがとう」
小さくお礼を言うと、桜井はどういたしましてと言って自分のコップに口をつける。
大野もそれを見てコップの中身を飲んだ。
雨で少し肌寒いここではちょうど良い温かさのそれは、まるで幸せを感じる時のように暖かに身に落ちてきた。
「おいしい」
思わず口からそう溢すと、桜井はまた微笑みを向けてくる。
とても幸せそうなその笑みが、とても好きだと思う。
いつでも振り返ってこの微笑みを見ると大野は、子供の頃に母親に抱きすくめられたような安心した気持ちになる。
その気持ちを素直に桜井に伝えたら、桜井は複雑な顔をして。
「…母親はちょっと…」
その顔がなんとも情けなくて、愛しい気持ちがこみあげた。
くすりと笑いを漏らすとさらに情けない顔になって小さな怒りが返って来る。
「…笑うなよ」
苦い笑いと共に、すねたような表情を見せた彼にまた小さな笑いを噛み殺すようにして含ませた。
「翔くんって、かわいいね」
素直にそんな感想を言ったら、さとっさんには言われたくないよ、と心外な発言が返って来る。
仮にも見えなくったって大野の方が年上なのだ。
「俺よりも翔くんの方がかわいいよ」
「さとっさんでしょ?」
「翔くん」
「さとっさん」
傍から見れば、まるで馬鹿みたいな言い合いをして、2人して笑い合う。
両方本気ではなくて、でも本気で。
それは世界一幸せなケンカだった。
そんなことをしている内に、気が付けば小雨は上がりはじめていて。
雲間から光が射して、あたりが一斉に明るくなる。
心地良い光の中で、あと少しで再開される撮影までの時間を、2人は幸せに使った。