aporia





「ごめん!」

櫻井は次の仕事の前に大野を呼び出すと頭を下げた。
楽屋に着くなり、大野の手を引っ張り、人気のない場所へと連れ出して、謝罪の言葉を言う。
イライラしていて八つ当たりしたんだ、と告げて、もう一度頭を下げると、大野は困ったような苦い顔をしていた。

「お、大野…くん?」

その表情に焦って、櫻井は大野の名を呼び目線を合わせると、大野がふいっと視線をそらした。
櫻井の体がドキリと震える。
大野は、視線をそらしたまま、櫻井に向かって口を開いた。

「あやまんなくていいよ」
「え…?」
「翔くんは、何も悪くないから、あやまんなくて良い」
「そ、そんなことねぇよ!俺が、悪いって!」

慌ててそう言い返すと、大野は、小さく首を振って、そしてやっと櫻井と顔を合わせた。

「…ちがうよ、悪いのは、困らせてた俺だよ」
「え?」
「ずっと、困らせてて、ごめんね」
「お、大野くん?」
「…もう、やめるから」



翔くんのこと、好きなの、やめるから。





―――今、なんて、言ったの?




大野が、言った言葉に櫻井は体を固まらせた。
全身の血が引くみたいになって、手先が冷たくなって。
大野は櫻井のそんな様子に気付かないのか、そのまま続ける。

「…翔くんは優しいから、好きでいていいって言ってくれたけど…。
翔くんは優しいから、俺のこと振れないんだよね。無理させて、ごめんね」

大野はゆっくりと櫻井から一歩離れる。

「俺、振られなかった事をいいことに、調子に乗ったんだ。ごめん。だから、イライラさせちゃったんだよね…」

そう言ってさらに眉毛を下げた大野。
櫻井は、とんでもない勘違いだ…!と慌てて口を開こうとすると、それを大野がさえぎる。

「ち、ちがっ…!」
「ちがわないよ。欲張ったんだよ、俺…!このまま翔くんが、俺のこと好きになってくれるんじゃないかって!
このままでも十分幸せなのに、それ以上を望んでたんだ…翔くんが今を望んでるのがわかってるのに…!」

大野が、そう言って目から涙をこぼした。
櫻井はそれを見て、胸がズキリと音を立てた。

返す言葉が、なかった。

櫻井は、このままを願っていた。
大野も、きっとこの状態が心地が良いと思っていた。

だけど、そうじゃない。

そうじゃ、ないんだ。


「…好きになって、ごめんね?」


大野はそうと呟くと、櫻井の横をするりと抜けた。