aporia
大野の想いを櫻井が、考えると言ってから、とても穏やかな日々が二人に戻ってきた。
目が合えば、大野は幸せそうに笑い櫻井を見つめ、そして櫻井も少しだけ戸惑いながらも、笑顔を返す。
まるで大事な宝物を見るような瞳で、自分を見つめる大野。
そんな状態が櫻井にとって、ひどく居心地が良いと感じていた。
何かが変わったわけではない。
かと言って、何も変わらなかったわけでもない。
ただ穏やかなこの空気が、櫻井にとって、大事なものであると。
わかっているのはそれだけ。
「翔くん、飴いる?」
ぼんやりと楽屋で座っていたら、大野が小さな飴玉を差し出してきた。
いきなり何故だろうと首をかしげながらも、ありがとうと言ってそれを手に取り、
そして少しだけ考えて包みを開けずにそのまま手の中へ握りこんだ。
その一連の櫻井の動きを見た大野は、困ったような顔でこう言う。
「…今舐めたほうが良いよ?」
「…なんで?」
大野が、のんびりと急かすようにそう言ったのを聞いて疑問に思った櫻井は聞き返す。
大野はさらに困ったような顔をして、櫻井を見つめた。
「なんでって、気づいてないの?」
「…?」
何のことか分からず、さらにまた首をかしげると大野は口を開いた。
「風邪」
「え?」
「翔くん、風邪ひいてる」
「…え?」
言われてみれば。
今朝から少し、風邪の初期症状のようなものが出ていた。
喉の辺りがむずむずするような、その程度のことだったから、無意識に気づかないふりをしていた。
「翔くんってば、案外、鈍いよね」
そう言って、笑った大野に。
自分でも気づかない程度のことに気づく大野に。
なんだか妙なくすぐったさを感じて櫻井は目線を少し下げた。
だけれど櫻井にとってそれはやはり決して悪い気持ちではなく。
胸の奥から何かが広がるような甘さを感じていた。
櫻井は今の現状に満足していた。
なんだかわからない気持ちに振り回されながらも。
大野の優しい気持ちは、自分をひどく落ち着かせてくれ、とても気持ちがいい。
そして、大野は未だ答えを求めないし、何も言わない。
ただ櫻井の様子を見ては微笑んだり、心配したり、そんな風にするだけ。
だから大野にとっても、きっと今の状態が心地がいいのだろうとそう感じた。
だから、櫻井は焦らなかった。
答えなんてきっと後からついてくるはずだと。
しばらくは、このままで、いて良いんじゃないだろうか、と。