笑顔だけが幸せじゃないって、我慢することが愛じゃないって。
そんな簡単なことにも気づけない。
そんな当たり前なことにも気づけない。

そんな俺でも、君は、いいのだろうか。








松本に情けなくも、説教をされて、智さんの家に足を向ける。
ゆっくりと歩みを進めていくその道が、ひどく久しぶりに通るように思えた。

笑顔でいよう、なんて、どちらが言い出した約束だったのか。
それすらもわからないけれど、その約束がふたりをがんじがらめにしていたのだと。
そうわかって、自分たちがどれだけ遠く回っていたのか気がついた。
松本に言われるまで気づかないなんて、本当に情けないことこの上ないけれど。

智さんの家の前に着くと、俺は携帯電話を取り出した。
いつもの手順で操作して、今一番会いたい相手のメモリーを呼び出す。
通話ボタンを押そうとする手が震えているのがわかった。
どこまで自分は情けないのだろうと、自嘲気味に笑う。
それでも意を決して、指先に力を込めようとした瞬間、目の前の扉があわてたように開いた。
びっくりして視線を向けると、そこには呼び出すはずの人物が立っていた。

「翔く…っ」

泣き腫らした目と、その下にある隈。
いつもの智さんからは想像も出来ないほどの、ひどい表情に胸が痛んだ。

「…智、さん」

ゆっくりとお互い目を合わせる。
何を言えばいいのか、何から言えばいいのか、頭が混乱して出てこなかった。




とりあえず、とゆっくりとその場を歩き出して数十分。
人気のない公園にふたりで腰を下ろした。
言いたいことはたくさんあって、ひとつじゃないから、どれから言えばいいのか、ひどく迷う。
迷いすぎて、一体何を言えばいいのか、それすらもわからなくなるほどに。

ただ静かに時だけが流れていく中で、智さんはじっと前をぼんやりと見つめている。
俺も手元をいじるようにしながらそこを見つめて。
これから先のことを回らない頭で必死に考えた。
そうしてやっとのことで口を開こうとしたら、智さんに先手を取られる。

「…松潤ってさ、良い奴だよね」

ポツリと呟かれたそれに、深く頷く。
智さんはさらに言葉を続けた。

「松潤はさ、僕たちよりも、僕たちのことがよく見えてる。すごいなって思う」

俺はさらにその言葉に深く頷いた。
そうして今度は、俺が言葉をつむぐ。

「智さん…俺には、言わなきゃならないことが、言いたいことがたくさんあるんだ」
「うん…」
「…俺たち、間違ってたんだよね」
「…うん」
「俺、智さんの笑顔好きだよ。だけど…」

一度そこで言葉を区切る。
大きく息を吸って、それから吐く。

「笑顔じゃない智さんも好き。困った顔してても、泣き顔でも、怒った顔でも…」

どんな表情の智さんも、見てみたいんだ。
そうつぶやいて、目線を合わせる。

「…そんなことに気づくの、遅すぎだけど、それでも智さんと一緒に、いたいんだ…だめ、かな?」

ゆっくりと首をかしげて、できるだけやさしく笑う。
智さんはそんな俺にうれしそうに笑って、それから溜まりきった何かが切れるように、顔をゆがめた。

「僕っ…もっ…一緒に、いたいっ…辛い事も、嬉しい事もっ…しょっ…くんとっ…一緒が、いっ…」

そう言って、泣き出した智さんを堪えきれずに抱きしめた。
離さない、離したくないという思いを込めて。

背中に腕を回すと、智さんも同じように俺の背中に手を回してきた。

「翔くん!翔くん!!翔っ…くんっ!!」

何度も何度も名前を呼ばれて。
名前を言っているだけなのに、それはまるで愛の告白のように聞こえた。