夢を見た、幸せな夢。
今にはもうない現実、とても好きだった声と優しい腕。
抱きしめられて囁かれて、こんなに幸せだと思ったのはひどく久し振りだと思った。
そして目が覚める。
冷たい身体に、涙が出そうになった。
楽屋でぼんやりと壁を見つめていた。
そこに何かがあるわけではないけれど、ただどこかを見ていないと誰かを見てしまいそうだったから。
それでも何もない真っ白な壁に描かれる幻想は、その姿だなんて。
目を瞑っても開けても、全部でこの人のことしか考えられないなんて、馬鹿みたいだ。
あの日から松潤が僕の傍にいてくれる。
それはとても居心地がよすぎて、申し訳ない気分になる。
困ったような顔で見つめると、松潤はただ頭をぐしゃぐしゃに撫でるだけで、何も言わない。
1度突き放したのに、それでも松潤はかまわないからと傍にいる。
わかっているから、いいよと笑うのだ。
松潤は優しい。
それに比べて僕は、とても卑怯だ。
松潤は自分の言いたいことははっきりと言う。
して欲しいこと、して欲しくないこと、それは一見我侭にも見えるけれど、そうじゃない。
ちゃんと相手のことを思って言っているのだと理解できる。
「大ちゃん」
考え込んでいると、その松潤が顔を覗き込んできた。
何を考えているのかきっと全てわかられているのだろう、それでも気付かないふりをして、頭を2回叩かれる。
「今日、一緒に帰ろう?」
こんな風にして幾度か誘われる度に、申し訳なさそうに断ろうとすると松潤はいつも、顔をしかめた。
「用、ないんでしょ?」
見透かされて押し黙ると、じゃあ決定ね、と無理矢理約束を取り付けられる。
これも最近の日常。
こんな風に強引なの、実は嫌いじゃない。
だから思わず、甘えそうになって、靴の底を床に引っ掛けて留まる。
このまま地面を蹴り上げて、手を取ってしまえばきっと、本当に楽になれるのだろうと思うけれど。
まだ、白い壁に見える幻想が消えないから。
こんな状態じゃ、前にも後ろにも進めない。
こちらを見ない後姿に少しだけ目線を向ける。
仕事以外で直視しないから、なんだか顔まで忘れてしまいそうだと思うのに、いっこうに心からは消えてくれないその存在。
忘れる日がいつか来るとしたら、その日は自分が死ぬ日なんじゃないかと思った。