幸せになれるのならば、彼が幸せになれるのならば。
俺以外の誰かとでもかまわないと思っていた。
こぼれるような胸を締め付けるほどの笑顔を、自分ではない誰かに向けているのを。
彼の幸せのためならば、我慢できると。
呼び出されたのは松本にで、仕事の合間の少し空いたその時間、誰もいない建物の奥へと導かれる。
ここのところ、ずっと智さんと一緒にいた松本。
付き合ってはいないのだろうけれど、まるで少し前の自分の位置にいる松本。
呼び出されたものの、本当は、言いたくないことを言いそうになるから、ふたりでなんて話したくなかった。
「悪いね、空き時間に」
「…いや、かまわないけど」
誰もいないその場所について、松本は俺に少しだけ距離を空けて立つ。
話があるんだ、とつれてこられる前に言われたが、この2人で話すことなんて、きっとひとつだけ。
今一番したくない話題だ。
苦々しい気持ちで、でも逃げることもできないから、松本を見つめた。
「単刀直入に言うよ」
射抜くようなまなざしで、見つめ返されて、俺にはないその強さに負けそうになる。
ぐっと足を地面につけて、睨み返すように、その場に踏みとどまった。
「大ちゃん、もらうよ」
静かに、でも強い言葉で言われた。
それは胸をえぐるように、俺に入ってくる。
思わず、本当にえぐられているわけでもないのに、服の上から胸を押さえてしまう。
痛かった、胸が思った以上に、痛くて苦しかった。
胸を押さえながら、必死で声を絞り出す。
なんでもない風を装って、装う必要などないなんてわかっているのに、どこまでも意地を張る自分に泣きたくなる。
「…俺には関係ないよ」
もらうもなにも、あの人はもう自分のものではない。
だから、嘘をついた。関係ないなんて、本当は全然思っていない。
殴りかかって、あの人は俺のものだって、大声を張り上げたいくらい、関係ないなんて思えない。
だけれど、俺にはもうそんな資格はなかった。
醜い嫉妬なんて、する立場じゃない。
だから、拳を握りこんでそれを耐える。
すると松本が溜息を吐いた。
「…なんで、2人ともそうかなぁ。そういうとこだけそっくり」
「え?」
「翔くん、鏡で顔、見てみると良いよ」
言われている意味がわからなくて、顔?と首をかしげた。
松本は軽く笑って、そう、と呟く。
「今にも、俺のこと殴りてぇって顔してんの。表情だけ素直ってどうよ?」
指摘されて、自分の顔をゆるりとさする。
自分ではそんな顔をしていたつもりはなくて、呆然とした。
「あのさ、嫌なら嫌って言えよ。俺にとられたくないって」
「…言えねぇよ、言えるわけねぇ」
「なんで?」
「…だって」
俺にはもうその資格がない。
どれだけ、自分が智さんを必要としていて、松本に取られたくないと心の奥底では思っていても。
そう言ってまた拳を握ると、松本がまた溜め息を吐いた。