泣くのは自分の前でだと思っていた、その予想は間違っていなかった。
確かにあの人は、俺の前で泣いた。
だけれど、結局、かなうはずがないってわかっていたんだ。
拳を握りこんでいる翔くんにため息を付く。
「あの人、泣いたよ。あんたを想って、あんただけを想って泣いたんだ」
ずっと我慢していた大野くんを、泣けるように誘導した。
だけれど、泣かせたのは俺じゃない。
その涙は全部、目の前にいるこの翔くんのもので、俺のためのものじゃない。
泣き続ける背中を抱きしめて撫でながら、俺は到底叶わない想いに改めて気付かされた。
初めからわかっていたのだ。
「泣かせたのはあんただ」
泣くのも笑うのも、全部、引き出せるのは翔くんだけで。
もういい加減、ふたりとも、気づいたらいい。
「ずっと笑顔でいるなんて無理に決まってんだろ?」
ふたりのたった一つの約束。
そんなの守るなんて、馬鹿らしすぎて、俺には理解できない。
笑顔は確かに気持ち良いけれど、それだけじゃ、恋はどうにもならない。
つらい時があるから、苦しい時があるから、恋なのではないのか。
自分よりも数年多く生きているはずのふたりがどうしてそれに気づけないのか。
泣くのを我慢するのが恋ならば、そんなのやめてしまえばいい。
泣くのだって怒るのだって、笑うのだって。
ふたりなら、きっと、どんなことだって、幸せにつながるはずだ。
そんなことを、まくしたてるように説くように言うと、翔くんは驚いたような顔で俺を見ていた。
そして、その翔くんにとどめの一言を、口に出す。
これを言えば、俺の恋は終わるのだと、そうわかっていても。
「…大野くんは、翔くんが好きだよ。俺じゃだめなんだ。俺じゃ、全然だめなんだよ」
俯いて拳を握って、でもはっきりと伝える。
俺に出来るのは、大野くんを幸せへと導くことだけだから。
このまま黙っていれば、もしかすれば大野くんは自分へときてくれるかもしれない。
だけれど。
大野くんのあんな顔はやっぱり見たくはないし、俺にはあんな顔をさせる力がない。
だから。
だから。
「正面からぶつかれよ!あんたも!大野くんも!」
我慢することが恋である人もいるかもしれない。
だけれど、ふたりの恋はそうじゃない。
ぶつかって初めて、わかる恋なのだ。
ぶつかることを恐れていたら、本当に潰れてしまう。
本当に、本当にそれで、いいのか?
俺は、射抜くような視線で翔くんを見つめた。