10:卒業写真
あれ以来、どことなくぎこちない。
お酒を飲んで勢いに任せれば言えるかもしれないと、そう思ってたらふく飲んだけれど。
結局、何一つとしていえなかった。
それどころか泣くなんて失態を見せて、何かがあったというのを知らせてしまっただけだった。
だけれど、翔くんがそれに対して強引に聞いてこれないことを僕は知っている。
来年の春から、留学するんだ。
たったその一言が伝えられなくて、ひどくもどかしい。
自分で考えて、いつまでも甘えていてはいけないと、彼の元を離れると決めた。
そして絵が好きで、絵をもっと描きたいと思う気持ちを抑え切れなかったから。
だからその決心を翔くんにもきちんと伝えようと、心に決めたはずなのに。
どうしてだろうか、未だ伝える事が出来ない。
翔くんにしてみれば、きっと多分、たいしたことではない。
驕っているのは自分だけで、伝えれば彼はきっといつものあの優しい笑顔で頑張ってきてね、と言ってくれる。
僕はそれを寂しくも思いながら、勇気付けられて見知らぬ土地へと旅立って行くのだ。
そのはずなのに、そのたった一言が、どうしても伝えられない。
「大野、大野」
いつものように机に突っ伏して、世界を遮断していると、聞きなれた声に起こされる。
少し顔を上げるのが億劫だけれど、別に眠っていたわけではなかったのですぐに頭をあげた。
「裕貴くん、なに?」
「なにじゃないよ。皆もう行ったよ?」
「…どこに?」
寝ぼけているわけではないけれど、あえて言えば考えボケしていた僕は周りを見渡す。
教室はガランとしていて、僕と裕貴くん以外、存在しなかった。
「…あれ?なんで?」
「なんでじゃないよ。写真!卒業アルバムの個人写真の撮影!皆もう体育館行ったよ」
「ああ…そういやそうだっけ」
面倒くさいなぁと、もう一度頭を机に預けると、呆れたため息が上から降ってきた。
「ほら、大野、立って!卒業アルバムに大野の写真だけなくなるよ?」
「えー…別にそれでも良いや」
「よくない!ほら!」
無理矢理立たす、裕貴くんは同い年であるはずなのに、まるで兄のようだ。
渋々、それに従って、身体を起こす。
「まったくもう。来年から、1人なのに、こんなので大丈夫なんだか」
「あー…まぁ、なんとかなるんじゃない」
席を立つと小さく伸びをして、裕貴くんと共に体育館への道のりを歩き出す。
いつの間にやら季節はもう秋になっていた。
後、僕に残された時間は一体どれくらいなのだろう。
季節が後2回流れる頃には、僕はもうこの土地にはいない。
「…なぁ、翔くんにさ」
少しだけ躊躇うようにして、切り出された裕貴くんの言葉に、きっと多分言いたいであろう言葉を続ける。
「言ってないよ。まだ。言えてない」
「…やっぱそうなんだ」
「言おうとはしたんだけどね、駄目だった」
動かしている足を止めずに、裕貴くんは、心配そうな表情で。
「早く言ってやれよ。でないと…他から耳に入ったら、あいつ多分傷つくぜ?」
「…そうかな」
「お前だってやだろ?他の奴の口から伝わるなんて」
「う、ん…」
いっそ、誰かの口から伝わってしまえば良いのに、と思っていたことは裕貴くんには言えなかった。
だって自分で伝えるよりもとても、簡単で優しい。
それが逃げているだけだとわかっているけれど。
怖いのだ。
話して、翔くんとの間にある何かが崩れてしまうのが。
「じゃあ、早く言ってやれよ」
そう優しく微笑んで言われた裕貴くんの言葉に、曖昧に笑顔を返した。
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