13:最後の日




どこか遠くから智さんの痛いという声が聞こえる。
だけれど、今自分がしようとしていることは、止められそうになかった。
泣き出した智さんの顔は、自分の涙と俺の流れ伝った涙でぐちゃぐちゃで。
それを見た瞬間、すべてがぷつりと遮断された気がして。

気が付けば、唇に噛み付くようにキスをしてた。
苦しいと、自分の下でもがいている智さんを押し付けて、突然のことに薄く開いた唇から舌を割り込ませる。
口内をかき回すように舌で歯をなぞると、智さんの身体はびくりと揺れた。
それに煽られるように、俺はさらに深く没頭していく。
智さんは力が入らないのか、何とかして俺を退けようとしているのだけれど、威力はなかった。
やっとのことで1度離すと、俺の息も智さんの息も、あがっていた。
智さんは、形ある言葉を発する事が出来ないのか何か言いたそうな顔で、俺を恐怖を含んだ目線で自然と上目遣い見つめてくる。
それがさらに、俺を煽った。

呼吸を整えると、また、顔を近づける。

「やっ…翔くんっ…やだっ」

近づいた顔に、未だ整わない呼吸を押し切って、暴れるように拒絶の言葉。
それに苛立ち、睨みつける。
悪いけれど、やめられる気がしない。

俺は暴れる智さんを再度押さえると、顎を持ち、押しつけるようにまたキスをする。
ドンドンと背中を叩かれて、痛いくらいに叩かれて。
それでもこの唇を離す気にはなれなかった。

いっそこのまま。

どうせ、来年の春にはいなくなってしまうんだ。
どうせ、俺のことなんてどうにも思っていないんだ。

だったら、いっそこのまま。

自分の中のどす黒い感情が、沸き上がってくるのがわかる。
今まで抑え続けてきた何かがガラガラと崩れて、消えていく。
誰か止めてくれと願う心に反するように、もうきっとこれが最後なのだから、やってしまえよと悪魔のささやきが聞こえる。
俺は、悪魔の囁きに従うように、智さんのシャツの中に手を入れる。
すべりの良いその肌は、男のものとは思えないほど綺麗で、俺を震えさすには十分だった。
俺の手の動きに、驚いた智さんはさらに暴れる。
唇の先をがぶりと歯で噛まれた。

「っ…!」
「しょっ…くん!!やめろ!!いやだ!いやだ!」

こんなのは嫌だと、涙を流して今までにない力で暴れる。
俺はそれに対抗するようにさらに力を込めて、智さんを押さえつけた。
対格差と、体力差はわずかしかないけれど、それでもこの体勢では俺のほうが有利だった。
無理矢理押さえつけて、智さんの頭の上で腕をひとつにする。
一体そんな力が自分の中のどこにあったのだろうと思うほどの力で、それを片手で押さえつけて。
もう片方の手をシャツの中へとまた滑り込ませた。

「ひっ…!」

智さんはまた恐怖に満ちた声を出した。
心のどこかがちくりと痛む音がするのに、それ以上の苦い誘惑が誘って離れない。

「ごめんね」

どこか、現実味のない謝罪の言葉を今さら述べて、さらに手を肌に滑らした。
智さんはさらに涙を流す。
そして。

「やめてぇっ…翔、ちゃん…」

懐かしい、愛称を呼んだ。


「翔ちゃん、嫌だ」

繰り返し。

「翔ちゃん、やめて」

繰り返し。

「翔ちゃん、助けて」

繰り返し。


ぽたり、とまた涙が落ちる。
翔ちゃんという呼び名に、小さい頃の思い出が幾度も頭の中で行っては帰り。
優しい、優しい、お兄ちゃんの顔が思い浮かぶ。

俺は、我に返ると、智さんの上からのいた。

「翔、くん?」

智さんは息荒く身を整えるようにしがら起き上がると今度は、いつもの呼び方で名を呼ばれる。
俺はさっと後ろを向く。

「…ごめん」

小さくそう謝って、智さんの部屋を振り返らずに出た。




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