15:あの日から




ゆるやかに、それでも確実に時は進んでいた。
あの時から季節は変わって、今年も終わりに近づき、俺と智さんは表面上いつもどおりの生活に戻った。
互いに気にしていないふり、何もなかったふり、もう慣れてしまったけれど、それでも辛い時はある。
だけど智さんにそれを望まれてしまったのだ、しょうがない。

留学の話はしない。
してしまうと、あの日のことを思い出してしまう。
大体、智さんが着々と準備を進めていて、いつ出発するなんてこと聞きたくなんてなかった。

否定された気持ちをいつまで持っていてもかまわないのか、俺にはわからなかった。
俺たちの間にあるのは甘やかさなんかじゃないと気付かされたあの日から。
俺は自分の気持ちを封じ込める努力をしだした。
何事もなく、本当に何もなかったかのように笑った智さんを見て、絶望感を味わった。
謝ることもさせてくれず、罵ることもされず。
許されることもされず。
ただ、なかったことにされた。
今までどおり傍にいられるのならと、俺はそれを黙って受け入れた。
ずるいのは俺なのか、智さんなのか。
わからなかった。
ただ、わかったのは、俺は振られたのだということだけだ。
襲い掛かった欲望を見られて、気付かれないはずがない。
ああ見えて智さんは案外聡い人だから、あんなにあからさまなことをしてわからないはずがなかった。



「櫻井くん?」

ぼんやりと、考え事をしていたので、書類をめくる手が宙に浮いたままだった。
それに気が付いた、同じ役員の女の子が不思議そうな顔で見つめる。
俺は慌ててその書類をめくって、腕を下ろした。

「ああ、ごめん。ボーッとしてた」

少女はくすくすと笑った。

「櫻井くんらしくないね、どうしたの?」
「いや、もうすぐ今年も終るなって思ってただけだよ」

咄嗟に小さな嘘をついて笑う。
少女はそんな嘘に気付かず、そうだねと笑った。

「もうすぐクリスマスも来るしね」

言われて初めて、そんなものがもうすぐくるのだと言うことに気が付いた。
毎年、智さんと過ごしていたクリスマス。
男同士でわびしいよね、なんて口にしながらもお互いに笑い転げて。
楽しくてしょうがなかったあの日は、もう戻ってはこない。
きっと今年は、誘うことも誘われることもなく、終るのだ。
今までどおりに戻ったように見えて、やっぱり戻れていない部分は存在する。
あの時を境界に、智さんと俺の距離は、目には見えない程度に離れた。
多分、誰も気付かない程度に、ふたりだけがわかるくらいに。

「ねぇ、櫻井くん。櫻井くんはクリスマスの予定、あるの?」

少しだけ、緊張した声が目の前の少女から降って来る。
それにはいつも気持ちをぶつけてくる別の女の子からも感じる甘い響きが含まれていた。

「…いや、何にもないよ」

そう言うと、少女は、何かを決心したように、俺に向き直る。

「あの、ね。私ね、もし、迷惑じゃなかったら、櫻井くんと一緒にクリスマス、過ごしたいなって」

極度の緊張のためか、顔を真っ赤にして、髪をしきりにかき上げる仕草。
泣き出しそうな表情は、とてもかわいい。
俺は、驚いた顔で少女を見た。

「だめ…かな?だめ…だよね?そ、そうだよね!ごめんね!忘れて!」

俺の驚いた顔を見て、少女は右手をぶんぶんと顔の前で振った。
本当ごめんね、気にしないで、としきりに何度も何度も口に出している。
その様子を、俺は本気でかわいいな、と思った。
元々嫌いではなかった。
むしろ一緒に役員をやってきていて良い子だと、どちらかというと好感を持っていて。

だから、俺は。

「いいよ」
「え…?」
「いいよ、クリスマス、一緒に、過ごそう」

肯定の返事を出していた。

だって、望みがない恋をいつまでも引きずっていたってしょうがないじゃないか。
俺は智さんを好きだけれど、智さんは俺のことをそんな風には見ていなかった。
だったら、忘れるしかない。
目の前の少女は、俺のことを好きだと思っていてくれている。
きっと俺も、この少女のことを好きになれる。
好きになれるはずだ。


俺は、少女に微笑むと、少女は今にも泣き出しそうな顔で、綺麗な笑顔を向けてきた。
それに少しだけ胸が痛んだけれど。


これでいいのだ、と胸の奥に言い聞かせた。




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