17:もしかしたらの話




俺に彼女が出来るのがそんなにも特異な話なのか、その噂はすぐに全校に広まったようだった。
多分、きっとそれが耳に入ったのだろう。
ある日突然ぷつりと、毎朝家の前で待っていた智さんの姿が消えた。
なんとなくそうされるような気がしていたので、たいして驚きもしない。
大体、俺にはもう彼女がいるのだ。
そうそう智さんのことばかり考えてなんていられない。
そう言い聞かせていつも門を開ける。
開けて誰もいないのを確認するたびに、胸の奥に確実に小さな痛みが走るのには気付かないふりをした。

今まで智さんと一緒にしてきたことを、自分の彼女となった少女としている。
少女は、正直言って、とてもかわいい。
もしかしたら本当にこのまま、好きになれるかもしれないと思う。
一緒にいて楽しいし、落ち着く。
智さんを思うような熱い焦がれる気持ちはひとつもないけれど、穏やかさはある。
きっといつかこれは恋に発展するものなのだと、勝手に思い込んだ。
熱く身を焦がすような恋もあれば、穏やかな波に揺られる恋だってあって良いはずだ。



彼女との待ち合わせ場所で、立ち止まる。
智さんと登校しなくなってから、自然と彼女と道のりの途中で待ち合わせをするようになった。
こんな風にしてひとつ、ひとつ、日常は変わっていく。
いつの間にか、智さんが留学するであろう時まで3ヶ月を切っていた。
最近、年を越してから特に、顔を合わせていないからどうしているかは知らない。
多分、卒業式のすぐ後くらいには海の向こうへと渡るのだろう。
直接聞く事はなかったけれど、どこからかそんな話は耳を塞いでも入ってきた。

ひとつひとつ、確実に俺と智さんの共通点は減っていく。
家が隣だからって、意識して会わなければこんなにも会わないものなのだと初めて知った。
学年も違うから、学校内でも滅多にすれ違うことすらない。
遠目に見ることはあっても、以前のように駆け寄って笑いかけるなんてこともしない。
どちらかと言えば、目線を合わせないようにそっと視線を逃がす。
帰りも、俺は彼女と極力帰る様に心がけたから、朝同様、一緒に行動することはなかった。
窓は相変わらず開けないし、開かない。
カーテンはお互い閉まったままで、時折揺れる影を見つけるくらいで。

俺たちの関係は、元には戻らなかった。
結局、何もなかったことになんて出来なかったのだ。
表面上、そうしたところで、お互いに出来た壁は取り除けない。

このままきっと智さんとは、終ってしまうのだろうと思う。
多分、智さんが留学すると同時に、俺の恋には終止符が打たれるのだ。
そう、確信が持てた。
智さんが目の前からいなくなってしまえば、もうすぐここにやってくる彼女のことだけを考えれる気がする。
今はまだ、どうしても考えてしまう、幼い頃からの想い。
完全に見えなくなってしまえばきっと。




彼女の家の方向から、1つの影が見える。
俺の姿を見つけると、嬉しそうに笑って、こちらへと駆けて来るのが見えた。
俺も静かに手を振り返す。

「おはよう」
「おはよ」
「今日も良い天気だね」
「そうだね」

他愛のない会話はひどく心地良い。
まるでそれは智さんと過ごした日々にもよく似ていて。
錯覚を起こしそうだった。

俺はそれを振り切るように、彼女の手を握る。
彼女はそれに嬉しそうに指を絡めて、そして俺の目を見て笑う。
俺はそれに微笑みを返して、そして歩き出す。


絡められた手の体温が、智さんのものよりも少しだけ熱くて。
胸が軋んだ。




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