02:言葉だけじゃ伝えられない
「櫻井くん、ちょっといいかな?」
確か隣の隣のクラスの女の子、名前までは定かじゃないけれど、1、2度会話した事があるようなそんな人。
なんのきっかけで話したかも覚えていないくらいだから、本当に記憶の片隅にしか残っていない。
そんな子に、突然廊下を歩いていたら呼び止められて、何度か味わったことのある特有の視線を向けられる。
なんとなしに、今から行われるであろう事がわかって、少し居た堪れない気分になった。
つまるところ、これは告白なのだ。
自慢するつもりも、しているつもりもないけれど、こういった事が2、3ヶ月に1度、高校に入ってからあるようになった。
身長が低かった頃の俺には見向きもしなかった子達が、目の色を変えてやってくるのには違和感を覚える。
結局、そういう子たちは外見しか見ていないのだと感じずにはいられないからだ。
目の前で俺を呼び止めたこの子も、一概にそうだとは言えないけれど、あまりよい返事をする気にはなれなかった。
少し人気のない校舎裏に移動して、なんだか定番だなぁなんてぼんやりと思う。
目の前の女の子は、身体を固くして、俯いて立っている。
こうやって勇気を出して伝えにきてくれるのは純粋に嬉しいと思う。
だけれど。
「…話って、なにかな?」
さっさと終らしたくて、話を即す。
その言葉に顔をあげた少女は、意を決したように、視線を合わせてきた。
「あの、私、櫻井君のこと、好きです」
ストレートに伝えられたその想い。
自分には伝えられない気持ちを、言えてしまうことがひどく羨ましかった。
そんな素直な行動に、胸が疼くことはないけれど、少しだけ動く想いがあるのも否定は出来ない。
だけど。
「ありがとう」
小さな感謝の言葉に目の前の少女は、全てを悟ったみたいな顔をした。
「でも…ごめん」
続けてそういうと、申し訳なさそうな泣きそうな顔で、いえ、いいんです、と言った。
何度も髪をかき上げて、泣くのをごまかすみたいに、必死で笑顔を作って。
その顔に小さな罪悪感が生まれるけれど。
それでも、肯定の返事を述べることは出来なかった。
「ほんと、ごめん」
もう1度、謝罪の言葉を述べると少女は、頭を下げて去って行った。
その姿を見て、ため息を付くと、校舎の壁に背をついた。
途端、ガサリと誰かが動く音。
何かと思い、振り向くと、そこには申し訳なさそうな顔をした智さんが立っていた。
「あー…ごめん」
そう言いながら、スタスタとこちらへと歩いてくる。
まずい所を見られてしまったな、と思いつつも、平静を装って困ったように笑いかけた。
「いいよ、別に」
「…かわいい子だったねぇ」
少女が去って行った方向を見つめて、それから俺がもたれている壁に同じようにして背を預けた。
「そこで、昼寝してたら、翔くんが見えたから」
いつもの言葉足らずな、説明。
だけど長年の付き合いで、補足説明などなくたって、それだけで理解できる。
「ああ、うん、気にしなくて良いよ」
垂れ下がった眉毛が、いつも以上に垂れ下がって困って見えて、そこを突付いた。
やめてよ、と言いながらやっと智さんは笑って。
そして続けた。
「さっきの子、何が駄目だったの?いっつもだけどさ」
不思議そうな顔で覗き込んでくる、その表情に、ドキリとしてさりげなく視線を外した。
さきほどの女の子には感じなかった胸の疼きが、どうしてこの年上の幼なじみにはあるのだろう。
「何が駄目って言うか、あの子のこと知らないし、あんまり」
「まぁそうだろうけどさ…1回くらい付き合ってみよーとか思わないの?」
「あんまおもわねぇ」
目の前にいる彼は、きっと俺が何を思って、何を考えて、そうしているのかわかっていない。
どうして俺が誰とも付き合わないのか、付き合えないのか、それが自分のせいだなんて、これっぽっちも。
「好きな人でもいるの?」
ほら、じゃなきゃこんな無邪気な質問、してくるはずない。
だからちょっと言ってみた。
「いるよ」
「え!?だ、だれ!?」
興味津々って感じで、きらきらと目を輝かせてくる。
だから、ちゃんと本当のことを言った。
「智さん」
だけど多分、これじゃきっと伝わらない。
こんな言葉じゃ、智さんにはきっと自分の気持ちの10分の1すらつたわらない。
智さんは少しだけ考えて、にやりと笑った。
「僕も好きだよ」
ありがとう。
なんて、自分の良いように勝手に解釈してそう答えてきた。
その解釈が間違っているなんて、気付きもしないで。
ほら、こんな言葉だけじゃ伝えられないんだ。
無邪気に笑う智さんには、きっとまだこの言葉の本心は伝わらない。
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