23:別れ
覗き込んだ顔は、いつもどおり困ったような顔。
少しだけ泣きそうになってるのを見て胸が痛んで、言うのを怯んでしまう。
こんな顔をさせたいわけじゃない、決して。
だけれど、今言わなければきっと俺は、一生引き摺ってしまうんだろうと思う。
だから、口を開いた。
例えそれが智さんにとってどれだけ迷惑なことで、嫌なことになるかもしれなくても。
自分勝手だと罵られてもいい。
気持ちに整理をつけないと俺は前へ進めないのだ。
「智さん、聞いて」
耳を塞ごうとする手を押さえつける。
どれだけ自分はひどいことをしているのだろうと、気持ちを押し付けて振らせるために。
それでも聞いて欲しい想いがある。
どれほどまでに智さんを欲してきたのか、想ってきたのか、全部包み隠さず知って欲しい。
これが独りよがりな心だったとしても、確かにそこに存在したのだと。
このまま、消えていくだけの想いだと思っていた。
春になれば智さんはいなくなるから、そうすれば自然と消してしまえる想いだと。
だけれどきっとそうじゃない。
例え消えてしまうとしても、このまま消えてしまうなんて悲しすぎる。
報われなくったっていい。
前のままでいられないのなら、せめて。
裕貴くんに貰った勇気に後を押されて、震える手と足を抑える。
言わないと後悔するよ。
そうだね、言わなかったから、たくさん後悔したんだ。
あの、何もなかったことにしてしまった日から。
何もなかったことになんてしなくてよかったんだよ、智さん。
振ってくれてよかったんだ。
そうすればきっといつか、また笑い会える時が来るはずなんだ。
こんなことで、こんなことで失うような関係じゃないはずなんだから、俺たちは。
何もなかったことにしてしまったら、今までの俺たちすべてがなくなってしまうなんて、悲しすぎる。
だから、俺は想いを伝える。
それが、終わりのためだったとしても。
「…俺、智さんが、好きなんだ」
長年の、つもりに積もった想いを、こんなにもシンプルな言葉でしか伝えられないのがもどかしかった。
手からすべての想いが伝わってしまえばいいのにと一層力を込めて、祈るように智さんの手を握った。
決定的な言葉を言われる覚悟を決めながら。
だけれど、いつまで経っても、その決定的な一言は投下されなかった。
俯いたまま固まる智さん。
困っているのだろうか、と苦く思いながら再び顔を覗き込むと。
瞳から、うっすらと涙が、流れていた。
「さ、智さん?」
「…なんで、何で言うんだよ!」
涙を拭うこともせず、ただ自分の膝を見つめたまま、怒ったように呟いて、続ける。
「なかったことにしたじゃないか!翔くんだってそれを選んだじゃないか!」
まるで泣き叫ぶように言われて、胸をナイフで刺されたような気分になる。
うん、うんと小さく頷き返して、それに返す。
「彼女だって出来て、幸せそうにしてたじゃないか!なのに、どうして、言っちゃうんだ」
俺は、床から腰を持ち上げると立ち上がる。
そうしてそのままベッドに座る智さんを無意識に包むように抱きしめた。
「ごめん、ごめんね…智さん」
「なんで、なんでだよ…っ」
ドンドンと、俺の胸を緩やかな拳で叩く。
智さんが、なかったことにしていたかったのをわかっていたのに、俺はそうはしなかった。
自分の勝手な、気持ちの整理のために、智さんの一番嫌がることを望んだ。
「どうしても、なかったことには出来なかったんだ。智さんが好きで、好きで、好きでしょうがなくて」
訴えかけるように、背中に回した腕に力を込める。
ドンドンと叩かれる胸に、シャツに、涙がしみこんでくるのがわかって。
そうしてより一層泣き叫ぶような声が、聞こえた。
「…なんのために、僕が、なかったことにしたと思ってんだよ!」
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