24:蝶




「…なんのために、僕が、なかったことにしたと思ってんだよ!」


もう抑えることなんて、できないと思った。
散々傷つけてひどいことをしてきたのに、どうして翔くんは、こんなにも。

「智、さん?」
「馬鹿だよ…っ、翔くんは!僕なんか、最低なのに!」

ドンドンと胸を叩く。
もう溢れだしてしまいそうで、気が付いたら泣いていた。

「こんな僕を好きだなんて、翔くん、馬鹿だよ…っ」

涙でぐちゃぐちゃで、もう自分でも何を言っているのかわからなかった。
馬鹿なのは翔くんじゃなくて自分だとわかっているのに。
どれだけ目の前のこの人を傷つければ、僕は気が済むんだろうか。

「…前になんて戻れないよ!なかったことにしなくても前になんて戻れないんだ!」
「智さん…」
「なのにどうして、言っちゃうんだ!翔くんが、翔くんが、大事だから、何もなかったことにしたのに!」

僕は、翔くんの将来のためだと言って、自分の気持ちから逃げたんだ。
僕は、翔くんのためだと言って、翔くんの気持ちをなかったことにしたんだ。
なんて自分勝手で浅ましい。
こんな奴、いっそ嫌いになってくれればいいのに、なのにどうして。

喚き散らすようにそう言うと、翔くんは驚いたように息を呑んだ。

「嫌いに、なってよ…」

僕はそう繰り返し言いながら、そっと顔を上げる。
背中に回された腕は驚いた拍子に少しだけ緩まっていて、だけれど腕は回されたまま。
僕はやっとのことで翔くんと目を合わせる。
翔くんは思ったとおり呆然とした顔をしていて、しばらく固まっていた。
けれど我に返ったように、しっかりと目線を合わせてきた。

「…嫌いになんてなれないよ」

と、小さな声だったけれど、はっきりと伝えてくれる。
僕は泣き笑いみたいな顔になった。
翔くんはそれを見てまた困った顔になって、目尻の涙をふき取ってくれる。
そうして優しく笑って、仕切りなおしても、いいかな?と言った。

「俺、智さんが、好きだよ」

じっと見つめられて告げられるその言葉に、胸が高鳴る。
もうなかったことには出来ない。
抑えられそうにない想いを、どう伝えて良いのか戸惑って、それでも伝えなければと言葉を捜す。
何度も何度も考えて、迷って。

結局、探し当てれた言葉は、いつもの言葉足らずな一言だけだった。



「僕も、好き」



そう、伝えた途端、また腕に回ったままの腕に力が込められる。
それは痛いほどだったけれど、逆にその痛さが心地良かった。
僕も恐る恐る、翔くんの背中に腕を回す。
その行動に、翔くんの身体がまたぴくりと反応して、さらに強く包み込まれた。

「ごめんね、ずっと、ごめん」
「いいよ、いいんだ。いいんだよ…」

翔くんは1度ゆっくりと力を解くと、今度はゆるりと背中を撫でた。
僕の謝罪を受け入れて、そして許してくれるのだと伝えてくれた。
それは、ひどく心地良く、暖かくて。


もう一度、今度は声に出さずに、翔くんが好きだよと口だけ動かした。




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