07:小さい頃の記憶
夢を見た。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
そう言って、くっついてくる小さな存在。
今ではもう呼ばれないはずの、昔、その子の為だけにあった呼び名を呼ばれて。
これが夢だとすぐ気が付く。
自分は今のままの姿をしているのに、不思議なことに目の前の翔くんは、まだ年齢が一桁だった時の姿をしている。
夢だとわかりつつも、昔の口調そのもので、小さな翔くんに語りかける。
「どうかしたの?翔ちゃん」
いつの頃からか呼ばなくなった愛称。
今”翔ちゃん”なんて呼んだらきっと怒るんだろうな、なんて薄く笑みがこぼれた。
「あのね、あのね、今日ね」
舌っ足らずな口調で話しかけられて、泣きそうな表情。
そう言えば小さな頃の彼はいつも。
そんな顔をしていた。
目が覚めて、随分と懐かしい夢を見てしまったと頭をかいた。
いつもならぼんやりと目覚める朝も、もうきっちりと覚醒してしまっている。
さっきの夢は、昔現実にあった、記憶。
翔くんが、身体が小さいと言うのを理由に少しだけいじめめられていた時期があったのは確か小学校の低学年の頃だっただろうか。
翔くんの身長は今でこそ、僕よりも大きくなっているけれど。
小さな頃は、本当に小さくて。
僕にはそれがかわいくてかわいくてしょうがなかったのだけれど、他の人にはそうじゃなかった。
いじめられていたと言っても、軽いものだったのだけれど。
僕はそれも許せなくて、よくいじめた下級生をおっかけまわして謝らせてた。
僕にとって翔くんは、守るべき大切な存在だった。
それは今でも変わってはいない。
かと言って守るべき場面が、ほとんどなくなってしまったから、その気持ちはあまり意味がないけれど。
今の翔くんはとてもしっかりしている。
僕なんかいなくても、きっと多分、全然平気。
逆に駄目だろうは僕。
僕の方がいつの間にか翔くんに依存して、離れたくなくなってしまった。
翔くんがいないなんて怖い。
”留学”の話を、最初に持ち出されたのは4月の頭頃だった。
今はもう夏にさしかかろうとしている。
そろそろ行く気なら、本腰を入れて考えなければ駄目だぞ、と呼び出されて言われたのはまだ記憶の新しいところにある。
それから幾日かたつけれど、結論は未だ出ていない。
絵をこれからも描いて行きたいと思う気持ちは、前よりもでかくなっている。
もっともっと絵の勉強をして、うまくなりたいと願っている。
なのに。
最後の一歩が踏み出せない。
いつも返事をしようとして、足を止めてしまう時に頭に浮かぶのは、泣きそうな翔くんの顔。
でも多分それはきっと間違っていて、泣きそうなのは僕。
留学するにしてもしないにしても、どちらにしても来年になれば、はじめて道は別れる。
大学に行くにしても、働くにしても。
再来年になれば、翔くんも大学生になるだろうけれど、翔くんと僕とでは頭のレベルが違うから。
同じような所へいくのもきっと無理だ。
ここが、潮時なのかもしれない。
そっとベッドから出る。
あともう少ししか、共有できない時間。
カーテンのむこうに見える翔くんの部屋を見つめて、ため息を吐いた。
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