aporia
彼女に振られたんだ、と櫻井は言った。
だから、大野は、そのままの感想を述べた。
ああ、そうなんだ、と。
それ以外に言いようがなかったし、櫻井もそれ以上の言葉を求めていない気もした。
元より口下手な自分が慰めの言葉を発すると、なんだか空滑りする気がする。
うわべだけの同情は、付き合いも長くなった櫻井には必要がなかった。
櫻井は、座っていたソファに突っ伏すようにすると、小さなうなり声をあげた。
テレビに映っている彼からは想像も出来ないほどの、結構情けない姿をしているなと大野は思った。
大野は櫻井に静かに近寄ると、ソファの横へ腰を下ろす。
そうしてそのまま、そこへ突っ伏す櫻井の頭をそっと撫でた。
よしよし、いいこだね。
まるで小さな子供に向けるみたいな言葉を投げかけると、伏せていた頭を少しだけあげた。
「…子ども扱いすんなよ」
そう言って拗ねている顔がますます子供みたいで、少しだけ笑う。
櫻井は眉を少し吊り上げた。
「人がハートブレイクで落ち込んでるって言うのに」
「そりゃ、ごめん。俺でよかったら、慰めてあげるよ」
よしよし、と更に頭を撫でる。
もうやめろよ、と振り払われるように腕を掴まれて、でもその顔が案外穏やかだったから、少しほっとする。
こうやっていることで、気がまぎれればそれでいいと思う。
何がどうして振られたとか、そんなことには興味はない。
櫻井が元気になりさえすれば、そんなことは大野にとってはどうでもいいことだった。
櫻井がまた小さく唸る声を出す。
「あー…なんで、俺、だめだったのかなぁ…」
答えを欲しがらない独り言が、空中を過ぎる。
大野はそれに聞こえなかったフリをして、また頭を撫で続けた。
時折、こんな風にして情けない姿を見せてくれるのを大野は嬉しいと思う。
いつもはもしかしたら自分の方が年下なんじゃないかと思うくらい頼りになるくせに、打たれ弱い彼は、時々こんな風にしてる。
それを見る度、少しだけ優越感でいっぱいになる。
いったい何人の人が、彼のこんな姿を知っているのだろう、と。
「…俺、好きだったんだ」
櫻井の独り言は続く。
多分、彼にとっては、自分が聞いていようが聞いていまいが、どちらでもいいのだ。
だから大野は、相槌を打たずに、頭を撫で続ける。
「好きだったのに…な」
ひどく切ない声で、呟かれたそれに、少しだけ涙の色が見えた。
顔をさりげなく見ると、泣いてはいないようだが、口元が変な風にゆがんでいる。
…そんな顔、似合わないよ。
情けないというよりも、苦しそうなその表情に、大野は唐突にむっとした。
へこたれている櫻井は好きだけれど、こんな風に辛そうな表情は、あまり見たくはない。
そうさせているのが、櫻井の前の彼女だとするのなら、なんだか許せないような、そんな気持ちになった。
もう忘れちゃえばいいんだ、そんな子。
櫻井にそんな顔をさせるような子に櫻井が、想いを詰める価値なんてひとつもないように思えた。
大野はその苛立ちをぶつけるように、櫻井が苦しそうな顔を隠すように組んでいる手を掴む。
突然の大野のその行動に目を丸くした櫻井が、大野を見上げていた。
そういう顔のが、好きだな。
大野はそう思うと、櫻井の腕を掴んだまま、櫻井の唇に自分のそれをぶつけた。
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