aporia
どうしてこんなにも普通なんだろう、と櫻井は思った。
隣でいびきをかいて寝ている大野を、横目で見ながら、携帯をいじる。
本当にいじっているだけで何をしているわけでもない、視線も思考も、全部横で眠っている彼に持っていかれていた。
無邪気な寝顔からは、何の真意も読み取れない。
少し下がった眉毛、ゆるく閉じられた目、コアラみたいな鼻に、小さな…、唇。
櫻井は大野の顔をマジマジと見ながら、その唇に視線を留まらせた。
数日前、櫻井は突然、大野にキスをされた。
ゆっくりと持ち上がっていく、金色の短い髪を櫻井はぼんやりと見ていた。
唇に触れた暖かいものが何なのか、それが理解出来なくて、呆然と彼を見上げた。
大野は、ゆっくりと身体を起こして、口を開いた。
「…悪ぃ」
大野はそれだけ呟くと、踵を返して、部屋を出て行ってしまう。
櫻井が我に返って、大野の名前を読んだ時にはすでに、扉が閉まった後で。
櫻井は、何が起こったかを急速に理解すると、ばっと口を押さえた。
何だよ、今の、何なんだよ!?
かすかに残る感触で、それがキスだと気づいた。
自分が彼女に振られた話をしていた、それだけだったはずなのに。
大野にその話をしたのは、別に慰めてもらいたかったわけではなかったけれど、
隣にいるだけで安心感のある彼に、話を聞いてもらうだけで気持ちが軽くなる時があるから。
なのに。
これは一体、なんだ?
気持ちが軽くなる、どころか、確実に櫻井の頭に混乱を呼んでいる。
その日から櫻井は、頭の中が大野でいっぱいになってしまっていた。
あれ以来はじめて大野に会う日、櫻井は緊張していた。
一体どんな顔で会えば、どんな態度で会えばいいのだろうと、心臓がバクバクと音を立てている。
大野が何を考えているのか、櫻井は数日悩み続けたが、何ひとつだって判ることが出来なかった。
考えれば考えるほど混乱して、夜だって眠れずにいた。
というのに。
意を決して開けた、移動車の扉。
そのむこうに案の定先に乗り込んでいた大野が、ちらりと自分を見る。
櫻井の心臓は割れそうに鳴って、今にも逃げ出したい足をふんじばらせていた。
というのに。
「あ、翔くん、おはよー」
いつもと、何も変わらない挨拶。
何事もなかったような朝。
櫻井は、拍子抜けする。
櫻井が来たことによって、少しだけ中よりに座っていた大野が奥へと身体をずらす。
どうぞ、入りなよ、なんて普通に櫻井を車へと招きいれた。
そうして何事もなかったように、車が進みだす。
進みだしたと同時に、いつものように大野が寝息を立てだして。
そのあまりの普通さに、櫻井は腹を立てた。
なんだよ、あんなことしておいて。
なんだよ、俺がこんなにも悩んでるっていうのに。
眠れないほどに悩んだって言うのに、どうしてこの人は。
もういい。
無性に腹が立った櫻井は、すべてを忘れてしまおうと、携帯を閉じて、目も閉じた。
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