aporia





大野を直視することが出来ない。
櫻井は、あれから幾日たっても、大野を避け続けていた。
メンバーからもさすがに不審がられ、皆からそれとなく何かあったのか?と聞かれたりもした。
けれど櫻井は首を振るより他はなく。
ただ、大野と目を合わせないように、極力仕事以外で会話をしなくてすむように心がけた。
時折見えた大野の顔は、普段よりも少し眉が余計に下がっているように見えて、ツキンと少しだけ胸が痛んだ。

だけれど、櫻井には他にどうすることもできなかった。
話すのが怖い、大野が自分のことをどう思っているのか知ってしまった今では。
どうしたらいいのか、本当にわからない。




「…あ」

小さく声を上げてしまったのは失敗だったと思った。
番組収録が終わって、スタッフと次の打ち合わせをして楽屋に戻ったら、大野しかそこには存在せず。
思わず驚いて、小さな声を上げてしまった。
そのまま何事もなかったように、扉を閉めてしまえばごまかせたかもしれなかったのに。
小さくこちらを振り向いた大野をなるべく視界に入れないようにしながら、櫻井は仕方なく楽屋に足を踏み入れた。

櫻井は物も言わず帰り支度を始める。
出しっぱなしにしていた自分の持ち物をあわてて詰め込み、出来るだけ早くその場を立ち去ろうとした。
後ろから見えない目がこちらをみているのがわかって、ひどく窮屈な気持ちになる。
櫻井はその目に動揺のあまり、手に取ったはずの時計を床へと転がした。

カシャンと音を立てて落ちたそれは、大野の足元へと運悪く辿り着く。

「…あ」

櫻井がまた小さく声を上げるのと同時に、大野が櫻井の時計を拾った。
そうして静かに櫻井へと近づいて。

櫻井は身構えるようにして、俯いた。

「…落ちたよ」

大野は時計を、櫻井へと差し出した。
空中で行き所をなくしたみたいに止まった時計を、櫻井は手を出さずに見つめる。
なぜか手を伸ばすのが躊躇われて、ぎゅっと拳を握った。

「…翔くん、時計、いらないの?」

大野の手元を見つめたまま動かない櫻井に、大野は苦笑して時計をもう一度差し出した。
櫻井はひどく迷った様子を見せて、それから静かに震える手を大野の差し出す時計へ伸ばした。

瞬間、軽く手が触れ合う。

「…っ!」

バシン。

櫻井は咄嗟に、叩くように大野の手を振り払っていた。
大野がそれにひどく傷ついたような表情で櫻井を見上げる。
櫻井は、腕を引っ込めながら、慌てて謝罪の言葉を口にした。

「ご、ごめ・・・」
「悪い。俺なんかに触られるの、嫌だよな」

櫻井が謝罪を述べ終わるその前に、大野が早口で切り返す。
その声はとても静かで、そして大野は小さく笑った。

「ごめんね?」
「お、大野く…」
「気持ち悪いよね?俺なんかに触れられたら」
「ち、ちが…!」
「…もう2度と触んないから。安心して?」

大野はそういうと、櫻井の横をすり抜けて楽屋を駆け出していった。
櫻井は、大野くん!と呼び止めるように手を伸ばしたが、一歩遅く。
それはするりと宙を切った。





大野が消えてひとりになった櫻井は、その場にしゃがみこんだ。

やってはいけないことを、やってしまったと思った。
困りはしたものの気持ち悪いなんて、思っていなかったのに。
突然のことにどうしていいかわからず、咄嗟に触れた手を振り払ってしまって。
大野の出て行く寸前に見えた、揺らいだ傷ついた瞳が櫻井の心を押しつぶした。

こんなつもりじゃ、なかったのに。

櫻井は泣きたい気持ちで、大野の手から渡った時計を握り締めた。


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