aporia





朝からお互い1度も目も合わせていない。
低い声でおはよう、とだけ言葉を交わしただけで、あとはまるでいない存在みたいに扱った。
周りのメンバーが前日よりもおかしくなった2人に、さらに不審そうな目を向けていたのがわかっていたけれど。
どうしたって昨日の今日じゃ、大野にはいつもどおりの態度を取れそうにはなかった。

櫻井に腕を振り払われた。
落としたものを取ってあげて、差し出したら、その手を振り払われた。
けれどその行動がショックだったわけじゃない、いや少しもショックではなかったといえば嘘になるが。
それよりさらに傷ついたのは、櫻井の表情に、だ。
自分を見たあの、顔。
いつかはじめて彼を意識したあのキスをした日に、櫻井が彼女のことを思って苦しそうな顔をしたそれよりも。

ずっと、ずっと、辛そうだった。




「大野くん?」

椅子に座って自分の膝に顔を突っ伏していると上から声がかかる。
顔を持ち上げるのが億劫で、目だけをその声の主に向けるように少しだけ頭を上げた。
そこには心配そうな表情をした相葉が立っている。
そして少しだけ周りを見回して他に誰も、櫻井もいないことにほっとする。
撮影中なのか、もうほかの仕事へ行ってしまったのか、それはわからないけれど。

「大丈夫?」

何が、とは問わないのが、相葉の勘の良いところなのだろう。
どこかしら不思議な空気を持つ彼は、時折人の気持ちの動きにとても敏感だ。
大野はまたうつむいた。
相葉が自分の前にしゃがむ気配がして、頭をそっと撫でられる。
その手が優しい空気を放って、泣きたくなった。

「…翔くんと、なんかあった?」

言いよどむ様にして放たれる言葉。
大野はただそれに首を振った。

「…なんかあったよね?」

さらに気遣われるようにたずねられる言葉に大野はさらに首を振る。
相葉の手が、ふわりふわりと、自分の髪を撫でる。

「…大野くんは、翔くんが好きなんだよね?」

まるで、なんでもないことのように相葉が言葉を紡ぐ。
大野がそれに身体を凍らせると、相葉はぽんぽんと頭を軽く叩いて、大丈夫だよと言った。

「大丈夫、大丈夫だからね、大野くん」
「相葉ちゃ…」
「平気。大丈夫。俺は大野くんのこと好きだから?ね?」

相葉の言葉にやっと大野は頭を上げる。
それは、決して変な意味ではなく相葉の優しさを表した言葉で、純粋に胸に落ちてきた。
大野の目から涙が溢れる。

「相葉ちゃん…俺、おれ…」
「うん」
「あんな、あんな顔、させるつもり、なかったんだっ…」
「うん」
「ほんとは、笑ってほしくて、でもっ…」
「うん」
「どうしていいか、わかんなくて、いっぱい翔くんに迷惑っ」
「大丈夫。迷惑なんて、翔くん思ってないよ?」
「でも、あんなつらそうな、顔っ…」
「翔くんもね、頭良いくせに悪いから、どうしていいかわかんないだけだよ」

大野くん、大丈夫だよ、と相葉が背を撫ぜる。

「大丈夫、大野くんの気持ちは汚いものじゃないから。そんなに自分を責めなくて良いよ?」
「相葉ちゃん…」
「大野くんの翔くんへの気持ちは、決して汚いものじゃないよ」

だから、泣かないで?

相葉がそういうと大野はいっそうさらに涙の色を濃くした。
声を押し殺すように、大野はまた膝に顔を埋める。
相葉はまたゆっくりとその背を、大野が泣き止むまで撫ぜ続けた。

大丈夫、大丈夫だから、と。


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